逃げるな。
自転車に乗って家の近くを走っていた時のことである。ふと誰かに呼ばれたような気がしたので止まって
辺りを見回したが誰もいない。
しかし、止まった場所のすぐ横にあった派出所に銀に輝くポスターが貼ってあって、一言「逃げるな。」
とのコピーが書かれていた。どうやら私はそのポスターに呼び止められたものらしい。よく見ると警察官
募集のポスターで、下の方に小さな文字で「悪と真正面から向き合おう。」とあった。
しかし募集しておきながら逃げるな、などと大上段に構えた言葉は何ともユニークである。どちらかと言
うと、万引き犯や引ったくりに対する時の「ちょっと待ちなさい、おい、こら逃げるな」の“逃げるな”
である。それも高級紙を使って正面に立つ人の姿を鏡のように映し出すような小じゃれた工夫までして。
普通に「我々と共に悪と戦おう。」とか「町の平和を守ろう。」などのコピーの方がいいのではないか。
しかし、“逃げるな。”はいい。面白い。警察官募集のポスターが通り行く人々を片っ端から逮捕してゆ
くかのように睥睨していた。真面目ゆえの何とも言えないおかしさがあって私はいたく気に入ってしまっ
た。
それで家からデジカメを取ってきて写した。
派出所の中から警官が出てきそうな気がして私はあわてて逃げた。