龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

人生と幸福への呪縛について

生きることは、恐ろしい。少なくとも楽しくはない。自慢できることではないが、自慢できないだけでなく、告白するのはとても恥ずかしいことだが、私はこの世に58年近くも生きていながら、心の底から生きていることが楽しいとか、幸福だと感じたことが一度も…

無能者のつぶやき

忙しいなあ。ふらふらするわ。忙しいのも陰謀である。なぜなら、今の私のように毎日忙しくて、シャキッと真っ直ぐに立ったり、歩くことも困難な状態になってしまうと、果たして真理の軸に対して歪んでいるのが、傾いているのが自分なのか、それとも世界の方…

大丈夫ですは、大丈夫なのか。

レジ袋の話しはまだ続く。ある日のこと、近くのコンビニで買い物をしてレジで並んで待っていた時に、前で会計をしている20歳代の女性が、店員から袋は要るかを聞かれて、「大丈夫でーす」と答えている場面を目撃した。私はその「大丈夫でーす」という答え…

袋はどうされますか

細かいことだけれど、最近ではレジ袋が有料化になったということで、スーパーやコンビニで買い物をした時にレジで、袋がいるかどうかを聞かれる。「袋はどうされますか。」と店員は会計をする度に客に聞いている。一日に百回聞いているのか、二百回なのか、…

女と女性

女。女の一生、女の道、酒と泪と男と女。 忘れてしまいたいことや、どうしようもない寂しさに包まれたときに、 歌詞はどうでもいいのだけれど、女。前から思っていたことだが、どうしていつからか、女という言い方は蔑称に変わったのだろうか。女と言わずに…

イギリスと南アフリカ

イギリスと南アフリカか。 イギリスと南アフリカ、イギリスと南アフリカ、イギリスと南アフリカ、イギリスと南アフリカ・・・。わからん。わからんが、どちらの国にもBSL-4の研究施設がある。イギリスと南アフリカ、イギリスと南アフリカ、イギリスと南…

コロナに向き合う新時代の意識について

元日ではあるが、新年を社会全体の言いようのない重苦しい不安感で迎える一日というものは、その不安の連帯の中に、コロナで亡くなった世界中の多くの人々の命を犠牲としてでも、人間がこの地球上で平和裏に協調、共存して生きていくために必要な新しい価値…

新しい世界

朝目覚めて、別の世界に彷徨い込んでいることに気づく。 昔見たTVドラマの ここはどこ、私は誰、というセリフが頭をよぎる。 私はドジでのろまな亀。 ああ、これは別のドラマか。 ともかくも何かが違う。ごく微妙にではあるが。 昨日まで慣れ親しんでいた…

M-1を見て感ずる日本の精神性

語り得ぬことについては、沈黙しなければならないと黙っている私が、こういう話題で語りを再開させるのもどうかとは思うが、また「大阪人」だから漫才について批評しなければならないという訳でもないが、昨日のM-1グランプリを見て、これだけは言ってお…

語り得ぬものと言葉について

何億光年 輝く星にも 寿命があると 教えてくれたのは あなたでした。 夏休みは終わった。人生そのものが、夏休みのようなものであるが。私は生きている。それゆえに夏休みはまだ継続しているとも言えるが、もう何も言いたくはない。何か言ったところで、何が…

暴走するフェミニズム

差別や貧困に問題があることは当然であるし、否定すべきことではないが、それでもタレントの岡村君に対する藤田孝典氏の発言内容には私は疑問を感じるし、またその糾弾姿勢にはある種の危険性が潜んでいるような気もする。具体的には藤田氏と大竹まことさん…

くだらない正論を撒き散らすな

そもそも風俗の仕事に従事している女性を、性的搾取の「被害者」のように扱うことが間違っているのだよ。性的搾取という言葉自体が、よくもそんな手垢の付いた時代遅れの決めつけを、恥かしげもなくできるものだなと思う。確かに広義の大雑把な分類で見れば…

タレントの社会性と存在価値について

別に何だっていいのだけど、芸人の岡村君がラジオで風俗嬢に関する問題発言をして、世間から激しく叩かれていた状況で、一時はタレント生命が危ぶまれるのではないかと、このまま批判が継続、拡大していけば、出演番組を強制的に自粛させられるか、岡村君が…

言葉狩りしかない日本の言論

まあ、あれやね。あれと言うのは、今の時代は女性蔑視とか女性差別の発言は厳しく非難、弾劾されるということで、それはそれで歴史の長い時間のスパンで見れば、一つの反動であり、調整なのだから仕方のない面もあるのであろうが、現在の日本における風潮の…

地方自治とパチンコ営業について

パチンコ店への自粛要請の結果については、正直に言って、私は意外だったけどね。従わない店がもっとたくさんあると思っていた。ところが大阪では、当初は6店舗の営業継続で、店名を公表されて尚、未だに頑張っている店が3店舗でしょ。大阪に何軒のパチン…

やる気のない人々

今、家具が動いているということは、佐川急便のドライバーから聞いていた。仕事で毎日、荷物を出荷しているのだが、コロナの影響で集荷の時間が早くなると聞いていたのに、最近、来るのが遅いのでなぜなのか聞いてみると、どういう訳かこの頃、家具の配達が…

ウイルスが人類に問うもの

もうすぐGWだと言うことで、何連休であろうと心浮き立つものなど何もなく、ただ不安なだけであるが、言うまでもなく日本にとっては、感染者数を抑え込んでいくための踏ん張り所というか正念場である。ただそうは言っても、我々国民にできることなど何もな…

大規模なPCR検査実施を反対する大衆の歪んだ思考

わからないなあ。PCR検査でも抗体検査でもどっちだっていいんだけれど、どうして日本の大衆は、コロナ陽性者の確定検査を増やすことに、これほどまでに強固に反対するのであろうか。単に小さなプライドを守るために、意地を張って、主張のための主張をし…

麻生氏の発言と大衆の判別能力

思い出すほどに、考えれば考えるほど腹が立つ。麻生めが。この人の「要望される方、手を挙げる方に配る」という発言と財務省の本音というものを、よく把握できていない人が世の中には多い、いやほとんどの人がわかっていないように思われるので、面倒だが、…

バカ殿政治には10万円の価値もない

もう、馬鹿らしいと言うか、あまりに情けなくて何か言う元気も出てこないし、勝手にやってくれという気持ちにもなるが、亡くなった志村けんさんのバカ殿のコントを見せられているようで、これが日本の政治のレベルなんだなと、これを一歩ずつでも向上させて…

政治は政治批判を逸らせるためにあらゆることを利用する

いよいよかなり、ヤバくなってきたな。とりあえず5月6日の解除は普通に考えて無理だろう。覚悟が必要である。それはともかく、今、病床数の絶対的な不足や院内感染のリスク、そしてコロナ以外の病気で緊急の手術を必要としている患者が、コロナ感染者の病…

コロナウイルスを通して見えてくる日本の特殊性

追い詰められて観念したように、安倍総理がついに緊急事態宣言を発令する。何で今なのであろうか。今こそというよりも今更である。東京都の一日の感染者数が90人台と4月4日の117人で、この新型コロナの世界的な感染状況を考えた時にどれほどの状況の…

絶対的危機の損益分岐点

どうなんだろうか、結局「正しい判断」というものは、個々人の考え方や価値観の問題ではなくて、数学の「ABC予想」の証明ではないが、一つの解なり理論に辿りつける能力があるかどうか、ということではないであろうか。ということでここに一つの人類学的…

引きこもって日本と世界を正しく洞察すべき時

4月に入って気温が上がり、桜が咲き散るころになって、個人的には予想していたことではあったが、1ヶ月前と比べてコロナの勢いは弱まるどころか、手の付けようのないほど拡散の勢いを増し、もう誰がいつかかってもおかしくはないような情勢になりつつある…

言えることと言えないことの境界に生きるということ

本当に本当に、日本も大変な事態になってきたな。しかし我々一般人の立場で言えば、月並みな言い方ではあるが、「なるようにしか、ならない」ということであろう。どんなに用心したところで、目に見えるものではないし、居住地域の汚染の度合いが一定以上に…

新型コロナウイルスの正体について

そもそもWHOが新型コロナウイルスの治療法について、エイズやエボラ出血熱の二つの感染症の治療薬が有効ではないかと考えて臨床試験を行っていることが、不可解である。どうしてエイズやエボラの治療薬が、新型コロナウイルスに効くと考えたのであろうか…

ウイルスと政治の生存戦略

気候的には春は確実に近づいてきているのだが、日に日に、じわじわと日本もえらいことになってきたな。この先、どうなってしまうねやろと不安で眠れないという程ではなく、毎日、熟睡しているがそれでもやはり起きている日中は心配である。個人的には別にさ…

マスコミこそが有毒なウイルスではないのか

もう永久に記事を投稿するのは止めようと考えていたが、今、日本はかつて経験したことがなかったほどの深刻な危機の瀬戸際に直面しているように思われるので、沈黙してはいられない。私が何か発言したところで、事態の何がどうなるものでもないが。危機とは…

政治の不正を論理的に追及せよ

そもそも強姦罪というものは、2017年に刑法が改正されるまでは「親告罪」であった。強姦における親告罪の意味は、性行為は通常は密室で密やかに行われるものであり、その行為において仮に身体的な怪我や精神的な苦痛があったとしても、第三者的に外形的…

伊藤詩織さんの判決について思うこと

性被害は確かに当事者間で微妙な問題や、双方の主張の食い違いを含んでいるものであろうが、それでも女性の側が毅然として、私は性被害を受けた、レイプされたと訴える態度そのものには、それなりの説得力や信用性があると見做されることは当然だと考えられ…