龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

真実の重みと日本消滅の危機

憂鬱だな。何か言おうとすると沼底にゆっくりと沈んでいく死体になったような暗澹とした気分に陥る。なぜ死体なのかと言えば、死というものを意識しなければ言えない性質のことがあるということだ。要するにそれは楽しいことでも、心浮き立つことでもあり得ないし、本当は私だって見たくもなければ、触れたくもないことである。先ず言わねばならないこと、分かって欲しいこととは、社会的な真実とは途轍もなく重たいということである。仮に一つの真実の重量が1トンあるとする。その1トンを私一人の身体で支えようとすれば、間違いなく私は圧し潰されて死体となってしまうであろう。だからこそ憂鬱なのである。沼底に沈んでいく死体のイメージとなるのだ。ところが私一人ではなくて、たとえば1万人でその真実を支えるならどうなるかと言えば、一人当たりの重量は僅か100gである。100gならば、力のない人間であっても片手どころか2本の指先で摘み上げれる軽さとなる。鼻歌混じりで出来る作業で、死のイメージは払拭される。それが真実をシェアすることの意味であり、意義でもあろう。

しかし残念ながら、今日において目覚つつある人々が増えてきているとは言っても、全体の99%の大衆は未だに政治とマスコミに洗脳され、支配されている。真実をシェアすることはできない。祭りの神輿を担ぐようなものである。誰かがさぼって重さから逃れていると、その分は他の人間に罪刑の如く加重されてゆく。形骸化した民主主義体制の下で99%の大衆が真実から目を背けていると、必然的、物理的に残りの1%の人間の人生と精神生活は、重苦しく、疎外されたものとならざるを得ない。政治やマスコミが真実を追求する者を、「陰謀論者」のレッテルを貼って、嘲笑の対象にしようとするのは、真実の重みを支えようとする人々を社会から退治するように排除してゆくことによって、支える人間一人当たりの重さをさらに増大させ、精神を破壊し、最終的には0にするための工作活動であると言える。真実の追求者が0となってしまえばそれは恐ろしい世界が待ち受けている。実質的にそれは民主主義の死を意味するものであり、共産主義体制による独裁、専制政治と変わらないものとなる。普段から何も考えず、真実の重みの試練から逃れているゆえに鈍感な大衆には決してわからないであろうが、今、世界全体は共産主義化していっていると考えられる。これはとても危険な潮流である。日本の政治やマスコミは、上級国民か何か知らないが、自分たちだけが支配者、管理者としての特権的な地位を持続できるのであればそれでも良いと考えているのであろうか。悪魔に魂を完全に売り渡してしまっている人間の考えることはわからない。いや恐らくは日本の政治やマスコミ自体が、99%の大衆と同じように何も考えていないというか、自分の生活や利益、或いは自分が属する政党や派閥、組織程度のことしか考えていないのである。国家という概念が内側から溶け出し、消滅し始めているとも言える。愚民政策などと言うが、日本においては今や、政治家やマスコミの人間が愚民そのものなのである。ともかくも世界全体が共産主義化していっているのであれば、その過程の中で、日本という国家がどのように利用され、ターゲットになされる運命を辿るのかということを想像すると途轍もなく恐ろしく、憂鬱であろうが何であろうが黙ってはいられないという気持ちにもなる。日本の政治が中国から浸食の度合いが強まってきていることが、何よりも共産主義化への危険な兆候であると言えないであろうか。マスコミがほとんど報道しないので知らない人も多いかも知れないが、大阪市における上海電力のメガソーラー発電所設置の問題であるとか、自民党内部に中国に飼い慣らされた政治家が増加していることは、普通に考えても危険極まりないことであろう。なぜ誰も騒がないのかということである。それよりも尚一層に恐ろしいことは、その中国の影響力増大に対して、水面下でアメリカによる排除の力学や動きが見られないということである。これを言うとまた陰謀史観などと馬鹿にされるのであろうが、日中国交回復をなした田中角栄ロッキード事件で、親ロシアの鈴木宗男氏がムネオハウスで逮捕されたことは、裏でアメリカが描いた絵であることはほぼ間違いないことであろう。冷戦構造というか、共産主義勢力の影響力を高めないために、日本の政治内部においてもそういう力学が良い、悪いは別にして作動していたのである。その動きが表面的には台湾問題などで緊張が高まっているはずであるのに、なぜ今見られないのかということである。一つの見方とすれば、これはとても恐ろしい言及となるが、世界全体の共産主義化への方向性において、裏側でアメリカと中国がつながっているのではないかということである。仮にそうであればそれがどういう命運を日本にもたらすと想像できるかと言えば、日本が憲法9条を改正して、戦争が出来る国になり、今のウクライナと同じようにアメリカが台湾問題で直接に中国との戦争を回避する一方で、日本が中国の侵略を受けて、日本と中国の全面戦争が数年後に始まると言うシナリオである。そして言うのも恐ろしいが、日本がまたもや敗戦することとなって、日本は内部分割されアメリカと中国に共同統治され、日本という国家が消滅してしまう計画というか可能性があるのではないかということである。想像力過多による空想だとか杞憂だと言われればそれまでだが、最近読んだ小説の『暗黒自治区』(亀野仁)は、日本が消滅していて中国と国連に支配され、日本人は和族と呼ばれているなどというおぞましい内容であったが、このような作品が出現してきていること自体が、実際に日本が近未来において遭遇する危機の可能性を示唆しているのだと私には思えてならない。そもそもこの2年ほどのコロナ騒動やロシアとウクライナの戦争は、世界全体の共産主義化の流れを表面的に見え難くさせるために「必要な混乱」であるとは思えないであろうか。敢えて名前は出さないが、私と同じように数年後に日本が消滅してしまう可能性があるという危機感を持っている人が、落選はしたものの先の参議院選挙に立候補し、今も身の危険を顧みずにユーチューブで発言している。確かに未来のことはわからないし、今の時点で未来は決定しているものではない。しかし時間を俯瞰して見れば、今も未来もない。今の我々日本人の意識状態がそのまま数年後の近未来を映し出し、選択するのだ。日本と言う国家を消滅させないためには政治やマスコミに依存していてはダメなのだ。繰り返すが日本の政治とマスコミは悪魔に魂を売り渡してしまっているという以上に悪魔そのものなのだ。一人でも多くの人に真実の重みを背負う勇気と覚悟を持っていただきたいと心より願う。

(吉川 玲)