生きること、書くこと 147
不景気のせいなのか、ここ数年続いている傾向のような気もするが、クリスマス直前の街並みに華やいだ
気配はほとんど感じられなかった。近くの商店街で店を出しているお客さんがうちの会社にやってきて首
を傾げながら
「何でやろ、不思議やなあ。今年のクリスマスはジングルベルの音楽も全然かかってなかったなあ。そう
いう決まりになってたんかなあ。」と言っていた。そもそも大半の日本人にとって見れば、キリストの降
誕日を宗教的に祝う感性など備わっていないのだから、景気が良くて生活にそこそこの明るさがあってこ
そのジングルベルである。貧乏に逼迫しながら身を忍ぶように年を越そうとする人々にとっては、クリス
マスは“苦しみます”以外の何物でもない。
ところが日本人は景気が良かろうが悪かろうが、クリスマスや正月、花見のシーズンに酒を飲んで馬鹿騒
ぎするのだけは大好きである。特にクリスマス前後の年末は忘年会も兼ねて一年間の憂さを晴らすように
飲み潰れる人間どもが続出する。
私が住む家の前も人通りが多いので、たまにゲロが吐き捨てられることがある。今年のクリスマスの日に
も私は知らなかったが家前にゲロが吐かれていたようで、その掃除をした母がぼやいていた。私は酒はよ
く飲むほうなのでこれまでの人生で死にそうな悪酔いをしたことは何度もあるが、道端にゲロを吐いた
(記憶は)一度もない。記憶が飛んでいる可能性はないとは言えないが恐らくないと思う。ゲロはおろ
か、私は道に痰や唾を平気で吐いたりゴミを捨てる人間をまともな人間と思えないほどに軽蔑している。
酒を飲んで楽しくなるのはいいが、ゲロを吐けば誰かがその後片付けをしなければならないということく
らいは子供ではないのだからわかるであろう。不覚にも道で吐いてしまったのであれば、どこかの店で頭
を下げてバケツと水を借りてきて洗い流し、こびりついたゲロは寒空の下であろうと自分のシャツを脱い
で擦り取れと言いたい。もちろん酔っ払いが若い女性であっても同じである。日本人はそもそも酒にだら
しない所がある国民性なのかも知れない。制度の抑圧が強い国なんで酒の力で箍が外れてしまうのであろ
うか。
漫才師の黒田がガールズ・バーで暴れて逮捕された。25万円も請求されれば、暴れたくなる気持ちもわ
からないではない。私は酒飲みなのでよくバーに飲みに行く。大阪でガールズ・バーが流行り出し始めた
3年ほど前に興味本位で1~2回、行ったことがあるがそれで大体のところはわかってしまったので、も
うそれ以上行こうという気は失せてしまった。何となく頭の軽そうな女が、薄い酒を作って、話し相手に
なってくれるのである。ダーツがあったりもするが基本的にはそれだけの店である。ところでキャバクラ
とガールズ・バーの違いをご存知であろうか。私はキャバクラにはこれまで一度も行ったことがないので
詳しくはないが、キャバクラはスナックのように女の子が横に座って接待をしてくれる飲食店である。通
い詰めて女の子と仲良くなれば、“アフター”と言って女の子の仕事が終わった後に食事に同行したりす
ることもあるようだ。ところがガールズ・バーは風営法上、女の子は客の横に座ってはならない、という
ことになっている。カウンター越しにしか接客できないことになっているのである。当然、アフターもご
法度だ。ならばガールズ・バーはキャバクラに比べて健全で安心な男の遊び場かと言えば必ずしもそうと
は限らないようである。実態的には、長引く不景気によってキャバクラがソフト化路線に転じて新たに発
生したカテゴリーが、ガールズ・バーなのである。私がたまに行く事情通のバーのマスターが聞かせてく
れた話しによれば、ガールズ・バーの実質的な経営者かオーナーのほとんどは性風俗店同様にその筋の組
織と資金や金の流れで繋がりがあるということである。とは言っても店長も店の女の子も“素人”なので
気心のしれた馴染みの店で遊んでいる分にはまったく問題はないが、何の情報も無しに初めての店に飛び
込むにはかなり危険が伴う。その事情通のマスターは店の女の子に酒を飲ましてはいけないと言ってい
た。女の子たちと会話が弾めば、「それじゃあ、君たちも飲めよ。」と男は言ってしまうものである。あ
るいは女の子に「私も飲ませてもらっていいですか。」とせがまれて断る男はいない。男は自分が客とし
て飲んでいるビールやカクテルの料金で女の子におごっているつもりなのだが、女の子が飲む料金は通常
料金の倍以上で請求されることがあるのだという。だから一人の女の子だけでなく4~5人の女の子に気
前良く振舞っていると勘定の際に大変なことになってしまうということだった。
そう言えば、確か1年ほど前には歌舞伎町の飲食店で客が酒に睡眠薬を入れられて昏倒し現金やカードを
抜き取られた挙句に、真冬の明け方に店外で放置されて凍死する事件があった。その被害者は損害保険会
社の部長だったようなので、金を持っていると思って狙われたのかも知れない。恐ろしい世の中である。
しかし黒田のように4人がかりで1人の人間に暴行を働いてはいけない。運悪くぼったくられそうになっ
た時には、男としてどのような態度を取るのが正しいと言えるであろうか。
正解は、自分が妥当だと思える料金を払い、店から明細と領収書をもらって店側の請求する差額分につい
ては法廷で争うと言えばよいのである。自分の住所と連絡先をメモに書いて店長に手渡し、店長の住所と
電話番号、それからその店のオーナーの住所と電話番号も書いてもらっておく。それでさっさと退店すべ
きだ。何がしかの金を払っているわけだから飲み逃げではない。つまり民事事件の扱いとなるから店長に
私人逮捕の権限はない。もし店長が「ちょっと待て、帰るな。」と店に拘束、軟禁しようと少しでも手を
掛ければ、暴行があったとして主張し、翌日病院に行って診断書を書いてもらえば慰謝料請求の口実とな
る。一般的にぼったくりの店は裁判だけは避けようとするものである。その料金がぼったくりではなくて
適正価格であることの証明は、適正価格ではなくぼったくりであることの証明よりもはるかに難しいから
だ。その上、裁判には時間と手間、要するにコストがかかる。結局、商売の採算が合わなくなってしまう
ことになる。住所と電話番号を店に知らせれば、後日電話等で威迫的な取立てをされる可能性が高いが、
一旦トラブルになってしまっているのだから止むを得ない。面倒だけれど電話内容を全て録音して、地
元、商店街組合の代表者か警察署に苦情を申し立てる以外にない。そもそも一見の客が安心して楽しめな
いような飲食店を放置している責任は、その地域を管轄している町内会や警察署にあるのである。
まあ、そういう厄介なことに関わりたくないというのであれば、知らない店には絶対に入らないことだ
な。特に街角の客引きについていく事は自殺行為である。ガールズ・バーの女はたとえ頭が軽くて、作る
酒が薄くとも、身持ちだけは鉄壁のように固い。
軽い、薄い、固い、この3原則をよく頭に叩き込んで道にゲロを吐き散らしたり、誰かに暴力を振るうこ
となく平和に酒を楽しんでいただきたいものだ。酒のトラブルに善も悪もない。日頃の用心と心構えが全
てである。