龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

アトピー闘病記 1

ああ、やっと抜けてきた。何がかと言えば、ステロイドである。まだ完治ではないけれど、体感的には8割ほど治ってきているように感じられる。それにしても、えらい目に遭った。本当に辛かった。正直に言ってあまり思い出したくもないけれど、同じような目にあっている人には、幾ばくかの励みか参考になることもあるかも知れないので、僭越ながら私の体験を述べさせていただく。
あれは一昨年の5月であったが、突如として原因不明のアレルギーを発症して背中に湿疹が出てきたのであった。それまでの私は毎年、花粉症の症状はあったが、それ以外に食べ物や埃、ダニなどのアレルギーは一切なかった。花粉のシーズンも終わっていたので何が原因かわからないままに、近くの皮膚科に行って女医に診てもらったのだが、そこでは血液検査もされることなく抗アレルギー薬とアンテベートというステロイド外用薬(Ⅱ群、5段階の上から2番目に強い、かなり強力)を処方されることとなった。その病院には2カ月ほど通ったが、治りそうな気配がないので、もう一軒、近くにある別の皮膚科で地元ではわりと名医として(偏屈としても)知られているH皮膚科の下へ通うことにしたのである。そこの院長は評判通りに名医かどうかはともかくも、かなりの偏屈者であることだけは確かであって、行き始めて3回目ぐらいであったか私が処方される抗アレルギー薬の効果の持続時間を質問したところ、何を勘違いしたのか薬の批判をされているように考えて怒り出し、原発事故で放射されるプルトリウムの半減期は数万年だが、こちらで出している薬は半日で身体の中で分解されてしまうから何の危険性もないのだと、こちらがまったく口を差し挟めない剣幕で延々とまくし立てるのである。それで私はこれではまったくコミュニケーションが成り立たないからこの医者では駄目だと判断し(因みに皮膚科の町医者はこういうタイプが多いように見受けられる)、そうかと言ってまた新しい病院を探すのも面倒なのでどうしようかと思ったが、幸いH皮膚科は院長の息子や娘も医者で一緒に働いており、私はその後行くごとに受付でジュニア(息子)を指名して診てもらい続けることにしたのである。ジュニアは父親と違って偏屈ではなく、話しやすいにはせよ、その治療姿勢は問題があまりにも大きかった。といっても当時は私もまったく問題意識がないままに結局、そのジュニアに1年半もの期間診療を受けることとなったのである。まあ院長でもジュニアでも結局は同じことだったと思うが、その病院は(それ以外の病院でも大体同様であるが)あまりにも無警戒にステロイドの外用薬を大量に長期間出し過ぎるのである。一応、理屈的には身体の中でアレルギーの火が燃え盛っている状態の時には強い薬(ステロイド)で一気に鎮火させた方が良いという説明をしていたが、今から考えればそれも1カ月かせいぜい2カ月の期間であれば理に適った治療方法であると言えるかも知れないが、私の場合は1年半である。1年半の間、私は言われるがままに毎日、ステロイドⅡ群(かなり強力)のマイザー軟膏、Ⅲ群(強力)のメサデルムやベトネベートを塗り続け、オロパタジンやミノマイシンなどのアレルギーを抑える薬を飲み続けることとなったのである。服薬については体内で代謝され尿などで排出されてゆくので長期間飲み続けても悪影響はなかったようであるが、ステロイドの塗り薬がこれほどまでに後遺症の大きい恐ろしい代物(止めた後のリバウンドについてであるが)だとはまったく思わなかった。まあそういうことを知らなかった無知の私にも責任はあったのかも知れないが。ともかくそのジュニアは朝、獲れたての新鮮な野菜を八百屋が売るように何の躊躇も警告もなく、行くごとに強力なステロイドの軟膏を出し続けるのである。そのジュニアだけでなくほとんど全ての皮膚科医がそうなのであるが。医者がそのような態度だと患者はその治療方法に疑問を持つことが難しいものである。私は2週間ごとに通っていたが、5gの軟膏を全身用と頭用に分けてそれぞれ6本から10本ぐらい出されていた。具体的なアレルギーの原因もわからず、血液検査さえせずに症状も改善しないままにその医者は何を考えていたのか、何も考えていないのか、病院に行くごとに一応は皮膚の状態はちらっとは見るものの、治療と言っても出すことが決まっている飲み薬とステロイド軟膏の種類と量を適当に変えたり加減しているだけである。それが治療なのである。全身用のステロイドについては、Ⅱ群のマイザーがほとんどであった。確かにステロイドを塗っている間は、湿疹や痒みはあり、状態は良くなったり悪くなったりの波があるものの、一定の範囲内で安定はしているのである。日常生活には支障はなかった。だからそのような状態でさして疑問も感じないままに私は1年8カ月も同じような治療を甘んじて受け続けてきたのである。ところが去年の年末になって、さすがの私もこれでよいのだろうかと心配になってきたのである。ステロイドを塗ってその部分の湿疹が一時的に改善しても、モグラ叩きのように全身の別の部位から症状が顔を覗かせるのである。そこに塗ってもまた別のところに体内の血流と共に患部が移動してゆく。その繰り返しである。またステロイド剤自体の効き目も弱くなってきたように感じられるし、医者は何も言わないものの皮膚の色がくすんだようになって何かしらの弊害があるように思われてきた。医者に質問しても大した答えは返ってきそうにないし、聞くこと自体が憚られるような雰囲気は常にあった。それで去年の年末にそのH皮膚科に行くことを止めて、ステロイド軟膏も12月の27日であったか29日であったか、一切中止する決心をしたのである。ステロイド中止にはリバウンドの恐ろしさがあるということも知らないままにである。さてそれで年が明けて今年になってから、ちょっとした地獄が待ち受けていたのである。
(次回に続く。)