龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

アウトドアへの挑戦

ああ、疲れた。今日の深夜2時半から高校時代の同級生と大阪から和歌山の加太まで、車で船釣りに行って、早朝便の船に乗りガシラ(カサゴ)とベラを二人で都合30匹ほど釣り上げ、昼からは淡路島や大阪湾、太平洋が一望できる見晴らしが大変に素晴らしい露天風呂に浸かって帰ってきた。行きも帰りも車の運転は友人がしてくれたので、楽ではあったが、昨日から一睡もしていないので、目を瞑るとまだ洋上にいるように揺れている。昨年の10月に同窓会があって、私は家庭の複雑な事情と、酒を飲まないこともあって、正直なところあまり気は進まなかったのであるが、幹事の女性があまりに熱心に誘ってくれるので参加し、35年ぶりに高校時代の旧友たちと再会したのであった。今日一緒に釣りに行った男性は、事情があってその時の同窓会には参加していなかったのであるが、その男が私に久しぶりに会いたがっているという情報を聞きつけたある女性が親切にも、メールアドレスを間に入って双方に連絡してくれて、同窓会とは別の機会に会うようにわざわざ仕向けてくれたのであった。(しかし同窓会という行事に関わる世の女性がこれほどまでに行動的で、親切なことには本当に驚かされる思いである。)そういう経緯で去年の10月末ころから、その男(Sと呼ぶことにする)と交流が始まることになったのである。Sは高校時代には、私はそういう印象を持っていなかったのであるが、35年ぶりに会ってみると非常に活動的というかアウトドア能力に長けた男になっていて、私のこれまでの人生の困難さはそういう能力の欠落にあることを瞬時に見抜いたから(かどうかはわからないが)、頻繁にトレッキングや魚釣りに誘ってくれて、そういう遊びの道を指南してくれるのである。私は基本的にはインドア派で、キャンプや山登りや魚釣りのような面倒なことは億劫でしかなかったのだが、酒や食事の場で個人的な話しをするよりも、身体を動かして自然に触れている方が気も楽だし、気分も良いので、誘われるごとに連れて行ってもらい、今更手遅れのような気もするがアウトドア能力の向上に精進することにしている。よってある意味では、Sは私の師匠である。Sとは再会してから僅か半年ほどであるが、既に二人で奈良県のみたらい渓谷へ歩きに行き、金剛山に登り、六甲山にも登った。そして今日の和歌山県、加太の船釣りである。おかげでまだ超初心者ではあるが、アウトドアの楽しみが、細胞の一つ一つに染み渡るように身に付き始めている。塞ぎがちで憂鬱な気分も少しずつ晴れて、活動的な人間に一歩ずつ様変わりしていっているような気もする。文学者で例えれば、フランツ・カフカが、ヘンリー・ミラーに変身しつつあるとでも言えようか。3月に六甲山に登った時にも、山道に突如として現れた体重130kgほどはあろうかと思われる巨大な野生の猪と勇猛果敢に闘ってきたものである。(というのは嘘で遭遇したのは事実であるが、一目散に逃げただけであったが。)魚釣りにしても、臆病なことで情けない話ではあるが、これまでは絶対に水難事故に遭ったり、難破する危険性のない釣堀でしか経験したことがなかったものである。今日、釣ったガシラにしてもSは自分で捌いて、刺身にしたり煮物にして調理し、奥さんに振る舞っているという話しを聞くに及んで、私も「男」たる者、魚のひとつぐらい捌けないでどうすると柄にもなく奮起し、家に帰って早速、試して見たところ、頭と内臓を取り外すことが出来ずに、ぐちゃぐちゃになった塊が痴情の果てに殺してしまって処分に困った女の死体に見えてきて惨めな気持ちになったものである。いや、これは切れない包丁が悪いからだと何とか自分を慰め、すぐに近くのスーパーまで早速駆けつけて、わざわざ関孫六の包丁を買ってきて、二匹目、三匹目と挑んだのであるが、さすがに新品の関孫六はよく切れるのだが、やはり背骨から身を綺麗に切り離すことができなくて、烏が生ごみを食い荒らした後のような小さな切れ端が10切れほど取れた程度で、それを眺めているとまた一時的にかなり気分が滅入ってしまったものである。私はこの世に53年も生きてきて、一体何を身に付けてきたのであろうかと。まあ、こういうことも慣れなのだから、これから少しずつでも覚えていくことにしようか。人生は死ぬまで試練で、修行である。でも、本当は私という人間はアウトドアの生活よりも、一人で読書をしたり、瞑想をしている方が、性に合っているんだけどな。