龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

お笑いの毒性と暴言について

別に私はお笑いコメンテーターでもないし、特別にお笑いが好きだということでもないので、あまり踏み込んでコメントするのもどうかとも思うが、前回の続きと言うことで、お笑いコンビの「和牛」がなぜM-1で優勝できないかということについて私が個人的に思うところを述べることにする。和牛は3年連続2位ということである。今年と昨年2017年はTVで決勝の模様を見た。一昨年の2016年は見ていないか、見ていたとしても真剣に見ていなかったのでよく覚えていない。その程度の鑑賞と興味の範囲内で私の印象を率直に述べれば、和牛の漫才は面白いけれど上品過ぎるのである。品があるのは悪くはないと思うけれど、芸風に毒がない。仮に和牛の漫才をM-1以外の舞台で見たとすれば、満足度は非常に高いし、何の物足りなさも感じることはないと思う。しかしM-1のようなコンクールの形式で競い合うことになれば、最後のところで上品さが勝負弱さになってしまって毒のある奴やインパクトの強い芸風に勝ち切れないというか競り負けてしまうのである。ジャンルは全然異なるが、それはサッカーに似ているところがあるように思える。今は脱皮して大分と強くなったが、日本のサッカーは長年実力はあるのに国際試合においてあと一歩及ばず勝てない時期が続いていた。それは戦い方が綺麗過ぎたことに要因があったように思える。ラフなプレーを当たり前のようにするサッカーに善戦及ばず、あと一歩で勝てないことが多かった。和牛のM-1漫才を見ているとそういう一昔前の日本のサッカーを思い出し、連想してしまうものである。その象徴的な敗北が昨年度にとろサーモンに負けたことであろう。見ている限りにおいては純粋に漫才の面白さという点からだけで言えば、甲乙付けがたく拮抗していたように見えたが、唯一の差はとろサーモンの芸風には毒があったということである。それはふてぶてしさという毒であり、寿司のネタに乗せるわさびのようなものである。その毒の有る無しでサッカーであと一点が取れないように、M-1においては1票の差となって勝てないように見える。戦いにおいて上品さは毒にやられてしまうのである。今年の霜降り明星の優勝にしても、漫才の中身は和牛の方が明らかに面白かったと思われるが、あの奇妙なほどテンションの高い、ある意味で戦闘能力の優れた漫才の勢いに1票差で敗れてしまった。やはり芸能でもスポーツでも勝負事というものはどこかで毒を含んでいなければ勝ち切れないものなのかも知れない。厳しい世界だから当然なのであろうが、人が良いだけでは頂点には立てないのであろう。こう言っては何だが和牛の二人を見ているととても性格が良さそうに見える。そういう刺々しい角や毒のない人間味が感じられる芸風が私は好きなのだけれど。
さてそれで話しは逸れるが、とろサーモンの久保田についてである。彼の持っている毒は正に「本物」であった。問題の暴言動画を見た。漫才の中で見せるふてぶてしさは、芸風として作っているものと思っていたが、暴言動画を見て地であることがよくわかった。地であるといっても漫才の中で見せている毒気はかなり薄められていることも動画を見てわかった。しかし地であるからこそ漫才に説得力があって面白いのも事実である。その毒が才能となって突き抜けているのである。もちろんだからと言って、暴言が正当化されるものではない。芸人は一般社会の人間と多少は感覚が異なるところもあるであろうが、それでも一応は社会人であり、一人の大人なのだから毒の使い方を間違えれば批判を受けて当然である。しかしこの騒動でとろサーモンの漫才や久保田の芸風から毒気が漂白されるようになくなってしまえば芸人としては何の存在価値もなくなってしまって、いずれお笑いの世界から退場せざるを得なくなってしまうことであろう。別に私はファンでも何でもないが、それはそれで非常に惜しいことであると思う。サッカーで言えばイエローカードみたいなもので、試合中に1枚のイエローカードも出ないような戦い方は綺麗であるかも知れないが、そのような試合が見ていて面白いのか、或いはワールドカップに出場して勝ち上がっていけるかは別問題だと考えられる。だから私とすればとろサーモンの久保田やスーマラの何とかという芸人に対しても、敢えて必要以上に気にするなと言ってやりたい。表向きだけは大いに反省しているような顔をしていればよいのである。その程度の問題である。こんなことがこれほどまで大きな騒動になる日本は本当に平和な国である。和牛についていえば、性格や人間性にも関わることなので簡単に芸風にもっと毒を含ませろなどとは言えないが、そういう自分の弱点であるとか突破力のなさを客観的に自覚して、もう一皮剥けていかないことにはこの先何度M-1に挑戦しても最後の最後で競り負けることが繰り返されるような気がする。上品な上手さ、面白さだけではないもうひと捻り、ひと工夫が何か必要な気がするが、所詮は私は素人なのでそれが何かはわからない。それに私のような素人のアドバイスを参考にして下手にいじくってしまえば、目も当てられないような失敗に陥ってしまう可能性があるのでその辺は自己責任にてお願いしたい。当たり前のことだけど。因みに私がこれまでにM-1で見た漫才で一番おもしろかったのはチュートリアルのものであった。あの漫才に毒はないけれど、いい意味で変態的なのである。そしてその変態性が皮膚を突き抜けて内臓にペタペタと張り付いてくるような異次元的な面白さがあった。あれは凄い才能だと思った。あそこまでいくともう笑いに毒は必要としないのであろう。