龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

生きること、書くこと 111


私はそっと年長女性の顔を見据えた。特に怒っているわけでもなさそうだった。

すると年長女性は私に向かってこう言ったのである。

「飲みっぷりがいいから気に入った。」

私は思わず笑ってしまった。年長女性はさらにこうも言った。

「酒の強い男の人は好きや。見ていて気持ちがいい。」

年長女性が急に見知らぬ男に話しかけたので、同伴の若い女性も驚いていた。確かに私は酒を飲むピッチ

が早い。それは店の人にもよく言われることである。しかしそれほど酒が強いというわけでもないのだ。

ほとんど一人で飲むので、会話を楽しみながら一杯の酒を時間をかけて飲むということはない。1時間経

つか経たないうちに、3~4杯飲んでさっさと帰ってしまうのである。その方が店の人にも喜んでもらえ

ると思うからだ。そういう話を私は年長女性にした。年長女性は私に、「お仕事はされてるんですか。」

と聞いてきた。どうやら私は仕事をしている真っ当な人間には見えなかったようだ。それで私が「もちろ

んしてますよ。仕事をしてなかったら飲みにこれないですよ。」と答えると、黙ってやり取りを聞いてい

若い女性も愉快そうに笑った。年長女性はその若い女性の紹介をしてくれた。名前はリエといって難波

で美容師をしているとのことであった。天才女流棋士として活躍していたころの若き日の林葉直子さんに

どことなく似ているように感じられた。女性二人がどういう関係なのかはわからない。私の目が自然にリ

エちゃんの方に向くようになると、彼女はあわててお手洗いへと席を立った。化粧のチェックをしようと

思ったのかも知れない。さすがは美容師というか、そういう所は女性らしくてとても好感がもてた。

それで私は4杯目の“ソルティードッグ”を注文し、しばしの間彼女たちと歓談することになった。とい

ってもほとんど年長女性と私との会話であったのだが。実は年長女性の名前もお聞きしたのであるが、申

し訳ないが聞いてから2分後ぐらいにはすっかり忘れてしまった。よって失礼ながらここから先は、年長

女性をおばさんと書かせてもらうことにする。おばさんは最初から私を観察していたのであろうか、私が

一杯目に飲んだカクテルがジントニックであることまで覚えていて、隣のリエちゃんをたいそう驚かせて

いた。リエちゃんはおばさんに「私との会話は何やったの。」と言って笑っていた。私の推測通りに、お

ばさんが50代後半でリエちゃんが20代後半だとすれば、現在45歳の私は、二つの世代に挟まれるよ

うなちょっと珍しいトライアングル的な出会いであった。おばさんには息子さんもいると言っていたが、

リエちゃんは結婚しているようには見えなかった。さほど会話が盛り上がったとも思えないのであるが、

驚いたことにおばさんは私に飲み友達になってくれと言うのである。これも一期一会のご縁だからと。一

体何を考えているのであろうか。正直なところ、おばさんと飲み友達になりたいとは思わないがそうも言

えない。それで「いいですよ、また話し相手になってくださいね」と答えておいた。どちらかと言うと、

まあ当然のことだが私はリエちゃんと飲み友達になりたい。まあ45歳の“おっさん”にとってはかなり

贅沢な望みであることぐらいは自覚しているが。しかし正直にリエちゃんにそうお願いすれば快諾してく

れそうな雰囲気があった。リエちゃんの耳元にそっと、「実はボクは君が驚いた時のへぇーという声がと

ても気に入ったんやで。」と告げれば、リエちゃんは一体どんなへぇーの声を聞かせてくれたであろう

か。ああ、残念。しかしおばさんの手前、そのような戯言をリエちゃんに聞かせることは無理だった。な

ぜなら、おばさんはおもむろにバッグから手帳を取り出して私の名前を書き記した上に、私の血液型や誕

生日、住んでいる場所まで聞いてきたからだ。また携帯電話を取り出して番号交換までさせられた。リエ

ちゃんは呆れたように笑いながらその光景を見ていた。また携帯にメールして欲しいと言われたので仕方

なくおばさんのメールアドレスを私の携帯電話に登録させようとしたのだが、私は恥ずかしながらメール

アドレスの新規登録などほとんどしたことがないので説明書がないとどこに記録させればよいのやらよく

わからないのである。適当に文字を打っていたが、面倒になってきてどうせメールすることなどないのだ

からと思い、パタンと携帯をたたんで「はい、登録しました。」と嘘をついた。その時に、もう一人のお

ばさん(失礼、別居している妻)からの着信履歴が点滅していることに気付いた。呼出し音が聞こえなか

ったようだ。私は息子に何かあったのだろうかと思うと落ち着かない気分になり、もう帰ろうと思った。

それでマスターに勘定してもらうよう伝えた。帰り際、おばさんは「絶対に連絡してね。」と念を押すよ

うに言っていた。

店の外に出てあわてて妻に電話をかけ「どないした」と聞くと、何のことはない、息子の宿題やテストに

間違いが多くて困るという愚痴であった。息子はどこかおかしいのとちゃうかと、いつものようにまくし

立てるような話し方だ。

まあ何ていうか人生、そんなものである。