龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

同窓会の一日

ああ、何とか今日一日の試練を乗り越える事に成功した。何のことかと言えば、今日は高校の同窓会(クラス会)だったのである。前にもどこかで書いたが、私は2年ほど前から断酒をしていて一滴も飲んでいないので(もちろん飲む気になればいくらでも飲めるのだが)、酒無しの同窓会は辛いから欠席すると返事をしていたのだが、幹事の女子が(女子と言っても53歳のおばさんだが)、熱心に誘ってくれるので、断り続けるのが悪くなってきて、一次会の中華料理は欠席するが、二次会にだけ顔を出すということになったのである。健康上の理由とともに、酒は飲まずにウーロン茶だけにしておくと伝えてあった。幹事の女子も気を使ってくれて、私には決して酒を奨めるなとラインで参加者全員に伝達までしてくれたようだ。ところが二次会の場所は、有り勝ちではあるがホテルのバーである。これまで酒を止めていても特に何ともなかったが、会場に向かう地下鉄の中でふと、これからバーに行って、35年ぶりに高校時代の同級生に会うのかと考えると、急に何とも言えずに酒が飲みたくなって来て、喉が妙に乾いてきたのであった。これまでにはなかった軽度の禁断症状が発生してきたようだ。実は酒の誘惑とは別にもう一つ、その同窓会に出席することが気が進まなかった理由があって、それは高校時代の自分と35年が経過した今の自分は本質的に中身の異なる別の人間になってしまったようであり、どこか世間一般的な価値観であるとか、価値体系と感覚的にずれてしまっているような私が出席しても、目には見えない変なオーラを発散してしまって、その場の雰囲気を悪くしてしまうのではないかと心配というか、ちょっと怖かったのである。ところが実際に参加して見ると、既に皆が集合している二次会の場に私が遅れて入っていくと、盛大な拍手で迎えられ、照れくさくはあったが居心地の悪さは感じなかった。私の自意識過剰な不安や恐れは杞憂であったのだ。だが正直に言って、35年ぶりにもなると特に懐かしいという気持ちよりも、それぞれ社長になったり校長先生になっていたりで、頑張って偉くなっているんだなと時の経過に圧倒されるような思いはあっても、昔に戻って遠慮なく言いたいことを言い合うような雰囲気にはなれなかった。よって大いに盛り上がったとは言えなかったし、話しもそれほど弾まなかった。という以前に男子はともかく女子は申し訳ない事だがほとんど誰が誰かわからないのである。目の前に座っている女子が誰なのかさっぱりわからないので、どなたでしたかとも聞き難く、話しかけられないのだ。たまに話したとしても何をどこまで聞いていいのかがわからない。そういう風に私は黙っている時間も多かったが、まあそういうものなのかも知れない。ともかくも何とか酒を飲まずにウーロン茶だけで2時間ほどの時間をやり過ごせたというか、楽しませてもらった。3次会のカラオケは断って帰らせてもらった。詳しいことはわからないが誰もが皆、一生懸命に生きてきているんだなと、当たり前のことではあるが、そういう感慨である。今日はそういう一日であった。それにしても35年の月日は長い。それを倍にすると戦後70年だからな。何の関連もないことだけど。