龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

亀田VSランダエタ戦について

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私はボクシングファンである。今から何十年も昔の話しになるが、私が中学生だった頃は毎月のようにボ

クシングマガジンを買って読んでいた。当時の軽量級には信じられないような強さの世界王者達が存在し

た。メキシコの英雄、バンタム級王者カルロス・サラテは、私が中学生だった当時確か57戦、57勝5

5KOというような驚異的な戦績(生涯戦績70勝66KO、4敗)だった。 ニカラグアのアレクシ

ス・アルゲリョ(生涯戦績83勝67KO、7敗)はフェザー級ジュニアライト級、ライト級の3階級

制覇を成し遂げた伝説の王者だ。プエルトリコジュニアフェザー級ウイルフレッド・ゴメス(生涯戦績

44勝42KO、3敗1分)は私が最も好きなボクサーだった。世界タイトル戦連続KO防衛で17試合

連続という記録保持者である。日本で放映されたロイヤル小林との一戦のKOシーンは30年近く経った

今でも鮮明に記憶に残っている。3R、ゴメスは前に出てくるロイヤル小林をかわし左に回りこむような

体勢から放った左フックがスコンと顎に決まりあっさり終わってしまった。ゴメスのその左フックは、ロ

イヤル小林に与えた威力の凄まじさとは対照的に体に力みがまったく感じられない腰を回転させるだけの

滑らかな動きから繰り出されていた。あまりの鮮やかさに見ていて拍子抜けすると同時に華麗さを越えた

優雅さすら感じたほどだ。サラテやアルゲリョやゴメスのような偉大なボクサーは日本には未来永劫、現

れないないだろう。はっきり言ってボクシングというスポーツにおける日本の選手と中南米の選手の実力

差は血の違いが大きいように思われる。中南米出身ボクサーの体の柔らかさやリズム感、瞬発力は日本人

には元来、身体的資質として持っていないものなのかも知れない。日本のボクサーは見ていて、やはり固

い。だから日本選手がパンチ力やスピード、テクニックでどうにか世界チャンピオンになっても限界を感

じてしまう。また日本人ボクサーの固さや力みは身体能力だけでなく、ボクシングに対する考え方や取り

組む姿勢とも関係があるのではないか。亀田興毅ファン・ランダエタの試合を見ていてそのようなこと

を感じた。興毅だけではなく概して日本選手はボクシングを喧嘩の延長のように考えて戦っているのでは

ないかと思えてしまうところがある。だから体に不必要な力が入っているように見えるし、距離の取り方

やペース配分、緩急をつけるといった戦略的なクレバーさが感じられない。格下相手では通用しても世界

レベルの戦いでは試合を組み立てるようなセンスや心身の柔らかさが生み出す爆発力が必要不可欠だと思

う。興毅はまだ若いから仕方ないのかも知れないがランダエタの方がボクシングそのものに対する敬意が

伺えた。そのような態度がボクシングの質にも表れてくるのだろう。私のように純粋にボクシングを愛す

る者としては日本選手が世界チャンピオンになることより、ボクシングの社会的地位がより向上すること

を望む。試合前の相手を挑発するようなパフォーマンスも時には面白いが、お決まりの演出行為は見てい

て飽きてくる。ボクシングや対戦相手に対してもっと紳士的に振舞って欲しい。判定に対しては、今更言

うまでもないことである。はっきり言って私はある時期から日本で行われる世界タイトル戦を見るのがい

やになった。ボクシングが嫌いになってしまいそうだからである。ボクシングの世界戦の判定は元々興行

の権益とか開催国とジャッジする審判員、対戦相手出身国との政治や経済の力関係などに影響される汚い

ものだと思われるが、日本は特にその傾向が顕著に表れているようでげっそりする。今回の亀田興毅勝利

の判定に対してTV局などに抗議している人はおそらく今まであまりボクシングの世界戦を見たことがな

い人ではないだろうか。私のように昔から見続けてきた人間にとってはあまりに見慣れた光景で今更抗議

しようなどとは思わない。亀田三兄弟と言うスター性がある逸材が久々にボクシング界に登場したことに

よって普段ボクシングを見ないたくさんの人たちが今回の一戦をTV観戦した結果、今回のような大きな

騒ぎになったのだろう。でも、これをきっかけに今後、日本で行われる世界戦の判定はもっとまともにな

ってくれるのかも知れない。そう、願いたい。世の中、何が災いし幸いとなるかわからない。