龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

内憂外患の日々

自民党新総裁に安倍晋三元首相が選出された。自民党はマスコミが予想している通り、次期、衆院解散総選挙で第一党の地位を獲得するのであろうか。橋下氏が率いる日本維新の会は、単独では過半数議席獲得は現実的に難しいであろうし、ほとんど新人議員ばかりの集団で政権運営を行なうことには橋下氏自身が不安を感じているようである。よって維新の会としては当初より連携を打診していた安倍氏自民党の新総裁に就任したことにより、次の政権は仮に維新の会が第一党となっても自民、公明との三党体制による連立路線の可能性が高くなった。実際に維新の会は公明党と、公明党が候補者を擁立する小選挙区においては候補者を立てない選挙協力を実施するとの合議がなされている。自民党単独過半数ということもちょっと考え難いので、第一党がどこになるかによって、政治の方向性が大きく分かれることになるであろう。個人的には消費税に明確に反対のスタンスを取っている小沢氏の国民の生活が第一にも頑張って欲しいところだが、いつもながらマスコミに徹底的に毛嫌いというか、黙殺されている状態にあるので第一党の議席数確保は、かなり厳しいであろうと思われる。ともかくも次の選挙では、中国、韓国との領土対立により憲法改正を見据えた安全保障の問題が重大な争点になるのであろうが、私はその点においても自民党安倍氏にはあまり信用できない思いである。そもそも内向きの既得権益層重視の政治ばかりにかまけて、体外的には外圧に屈してばかりで、まったく主権を放棄しているかのような国家体質を戦後、半世紀以上に及んで大した問題意識も持たずに営々と築き上げてきたのは他ならぬ自民党である。安倍氏は一人の政治家としては少なくとも谷垣氏よりは上等に見えるが、自民党の枠内で、日本の国防に重点を置いた本格的な保守本流の政治体制の方向に引っ張っていけるだけの力量を持っているかとなるとかなり疑問である。美しい国とか戦後レジュームからの脱却であるとか理念はよいのだが、その理念を行動に移すだけの胆力というか覚悟を持ち合わせていると見るには、ちょっと安倍氏は体質的にも精神的にも脆弱すぎるように危惧される。もし次期総理になったのであれば、是非、憲法改正ぐらいは少なくとも国民投票にまではこぎつけてもらいたいものだが、どうであろうか。歴史は繰り返すとの言葉もある通り、また腹の調子が悪くなって挫折ということになるような気もする。安倍氏は人間的にちょっと上品過ぎるようにも見える。憲法改正はタイプ的には小沢氏のように、ふてぶてしさと小心さが同居しているような政治家が主導しなければ中々、前進しないのだと思われる。そういう意味では小沢氏にも、庶民的な消費税問題による生活重視だけでなく、いつまでも田中角栄氏の流れを受け継いだ中国重視のスタンスに固執せずに大々的に憲法改正を主張していただきたいものだ。日本の独立のためには親米も親中もないのである。売国ではない当たり前の政治原点に立脚していただきたいものだ。維新の会は微妙である。安全保障の面に関して言えば、橋下氏の最近の発言を聞いていると、いかにも外交音痴というのか、その発言の音程は半音どころか2音ぐらいはピントが外れているように聞こえる。仮に維新の会が政権を取ったとしても、これではかなり苦労するであろうと思われるような痛さを早くも露呈させている。たとえば尖閣諸島国有化の件に関しては、「東京都の所有という形で秩序を作り直した方がいい。」などと主張している。いかに日本が外圧に弱いと言っても、一旦、国有化を決定したものを中国側の無茶な要求に応じて破棄するようなみっともないことが出来るわけがないではないか。また今更、そのようなことをしても日本の恥を世界に晒すだけで、まったく無意味である。尖閣諸島に「人命救助の名目で要因を配置することで、中国と話し合っては」などの発言も、単なる思いつきの内容であまりに幼稚である。中国がそのような子供騙しのような手口に乗ってくれる国であれば元から何の苦労もないであろう。橋下氏は大阪府の知事として国と喧嘩をしている間は、日本の問題の本質をついていたが、国政という場では道州制云々はともかくとして全般的に見れば、政治家としての資質的に少し場違いなような気がしないでもない。竹島に関しても韓国との共同管理に持ち込む方向で交渉すべきだ、などというようなことを主張しているようだが、現時点でそんなことは土台不可能であるし、そういう問題ではないことが理解できないのであろうか。領土紛争とは、領土という末端部分に顕現した国全体の総合力の問題である。その国との国交のありかたも含めて全体的、大局的な観点の中から正しく取るべき態度を決定しないと、非常に危険な方向に事態は推移してゆくことになるであろう。小手先の方法で事態の収拾を図ろうとしたり、見せ掛けの友好ムードで危機を乗り切ろうとすることは百害あって一利なしである。そのような方法が日本の悪い癖であるともいえよう。日本は今や目先の近視眼的な利害に捉われることなく、中国や韓国とは民間交流においても国際政治においても冷却期間として距離を取るべきなのである。たとえその期間が10年間ぐらい続いたとしても、戦争の危機にまで及ぶような切迫した今の事態を考えれば、一時的に喪失する経済利益に固執し続けなければならない理由など何もない。むしろ中国や韓国と距離を置く政治方針に切り替えれば、日本の視野も大きくそれら以外の世界に拡がって、得られるメリットの方が大きいようにも考えられる。無理をしてでも韓国や中国と友好を保ち続けなければならないとの強迫観念を日本は捨て去るべき時である。10年ぐらいの冷却期間があれば、総体的な国情の変化の中で領土問題も新たな解決の糸口が見えてくるかも知れない。そういう大きな考え方が出来る人間でなければ、そもそも国政に携わるべきではないのだ。これは橋下氏の資質だけではなく、日本の政治全体の認識能力の問題であるとも見れる。日中紛争の発端となった尖閣諸島の国有化に関しても、野田総理は東京都が所有することに対する中国の反発を少しでも和らげようとして国有化に踏み切ったものであるが、私から見れば野田総理は中国という国を理解できていない。日本国内と同じ尺度で中国を判断しているからこのような過ちを犯すことになるのであろう。中国は経済的には自由化されているものの、日本やアメリカのような資本主義社会の自由経済とは根本的に異なる。中国の自由経済とは、日本やアメリカのように最終的には国民の幸福のためにあるのではなく、国家権力のため、言い換えれば共産党の利益のためのみにあるのである。中国では国民の土地所有は認められていない。中国の広大な土地は全ては共産党の所有であり、GDP世界第二位の経済が生み出す莫大な権益も、また強大な軍備も全ては共産党のためにあるといえよう。もっと言えば、中国人民の命も共産党の所有物みたいなものである。権力における貪欲さのスケールが日本とは比べものにならないほど大きくて深いのだと想像される。中国はそういう国であるから、尖閣諸島に関しても、東京都の所有となるよりも日本がいきなり国有化することに対してより一層の激しい反発が上がるのは当然である。中国という国には国家意識しかなく地方分権などという観念は存在しないのであるから、仮に東京都が所有して、国と東京都の二元外交で対応することになれば中国の反応も今回ほど激しいものにはなっていなかったと思われる。しかしそうであっても今更、東京都の所有に一段階レベルを落として、中国との関係改善を図るなどの考えは外交センスとすれば最低である。維新の会も安倍氏の率いる自民党も政権を託するには何とも微妙である。結局は小沢一郎という人物が、どれだけのことを出来るかはよくわからないが、とにかく一度は総理大臣になって見るべきだということが私なりの最終結論である。政治資金収支報告書の虚偽記載など、この期に及んでどうでもよいことではないのか。日本の権力もそういうバランス感覚は持つべきである。