龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

今日の一日

最近、天気の良い日曜日にはマウンテン・バイクで、デイバッグにカメラと文庫本、経典(お参り用)を詰め込んで大阪市内を走り回ることにしている。私の自転車には2年ほど前に新しく買った時点で、走行距離メーターを取り付けてあるので、取り敢えず1万キロを目指すことにしている。1万キロを走破した時には、私のこのビール腹も凹んでいるはずである。まだ3千キロちょっとなので先は長いのだが。今日も日中は天気が良かったので、サイクリングをすることにし、途中、大阪市西区の靭公園に寄って、何気にカシャカシャと写真を撮ったり、ベンチに座って文庫本(因みに今はロバート・K・レスラーの『FBI心理分析官』を読んでいるが中々面白い)を読書したあとは、なにわ筋を北上して福島聖天に行きお参りをする。実は私は毎週のように、大根をせたらって、どこかの聖天さんにお参りに行っている。福島聖天(了徳院)か、天下茶屋聖天(正圓寺)が多い。生駒の宝山寺は以前はよく行っていたが、電車に乗らなければならないので、面倒になってきてこの頃は行っていない。福島聖天でお参りを済ませた後は、ふとそこから近くの梅田スカイビル内の映画館で、『ハンナ・アーレント』を上映していることを思い出し、それを見ることに決めた。何となく、いかにも朝日新聞ご推薦の映画を観るようで、心理的な抵抗感も無きにしもあらずであり、こぐペダルも少しは重く感じたが、誰が推薦しようとしまいと、自分が一旦、観ると決めたのだからそんなことは関係ない。そういうことで映画館に着いたのが昼の1時半で、映画の上映は3時からであった。待ち時間はかなりあるが、やむを得ずチケットを買うことにする。そこの映画館は座席指定ではなく、順番が記入された整理券が配られるのである。上映開始の1時間半も前なのだから、恐らく私が1番だろうと思っていたが、何と41番なので驚いた。私は知らず、たまたまであったが毎月1日の日は1000円の感謝デーで、観客が普段よりも多かったことと、どうも日本人はこういうナチスユダヤ人を描いた映画に対する関心はかなり高いように見受けられる。そういうことで満席であった。立ち見(正確には通路に座り見)の客も多くいたほどだ。私は不勉強にもハンナ・アーレントの著書はまだ1冊も読んでいない。あまりにも有名な「全体主義の起源」は前から読もうとは考えているのだが、アマゾンで見れば4千数百円とやたら高いので、前から躊躇していた。それがこの映画を見て、取り敢えずハンナ・アーレントがどういう人物であるのかということはよくわかった。ハイデガーの弟子かつ元恋人であり、ゲシュタポに一時期拘束されていて、その後亡命を果たした哲学者であるが、戦後のアイヒマンの裁判に際して、彼女自身はまったくそういう意図はないのだが、あたかもアイヒマンを擁護するかのように受け取られる内容の記事を執筆したために、世界中から激しい批判を受けたのである。アーレントは、アイヒマンのことを命じられたことを淡々と行っていただけの、あまりにも凡庸な人間に過ぎないと言ってのけたのである。またゲットー内におけるユダヤ人の管理責任者が、ナチスに協力的であったために犠牲者数があれほど多くなった(600万人と言われている)との真実を果敢に述べ続けたので、ユダヤ同胞たちから憎まれ、アイヒマンの友人などと揶揄されたり、傲慢で冷淡だなどと罵られることとなった。愛する人も彼女の元を離れて行った。そういう人物である。これから観る人もいるであろうからこの辺に留めておく。観るべき人は、是非、観ていただきたい。私もちょっと高いが本を買って、腰を据えてじっくり読んでみようかと考えているところである。ハンナ・アーレントが終生、追求し続けた悪の思想というものには、興味がある。とにかく私にとって今日はそういう一日であった。