龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

時代が映すTVの衰退

テレビなんて代物は、全然信用できないな。果たして信用しながら見ている人が、どれぐらいの割合で存在するのかということでもあるが。TBSがバラエティー番組で「不適切な演出」をしたと言って謝罪しているようだが、要はやらせが発覚したことが報じられている。
双子の見極めか何か知らないが、はっきり言ってバラエティーなどというジャンルの番組は、馬鹿が見るものと言うことができるのではなかろうか。或いはそういうTVを見ているから馬鹿になるとも言えようか。馬鹿などと言うと、若者世代を指しているように思われるかも知れないが、意外と今の10代とか20代の若者はTVを見ないのである。日本は大人が馬鹿なのである。大人が馬鹿番組を見て、虚構の民主主義的幻像にどっぷりとラリッているのである。若者がTV離れしているのは、私はいい傾向だと思う。今の若者は、社会との適度な距離感を保っていて、冷めた眼差しを持っている。馬鹿な大人から見れば、白けているだけのように見えるかも知れないが、白けているというのとは少し違うと思う。うまく説明するのは難しいが、TV情報に対する接し方や内面への浸透性というものが我々中年世代と比べて明らかに変化してきているように感じられる。私のように52歳の人間であれば、TVのやらせに対してもちろん個人差はあるにせよ一般的には、ものすごく腹を立てたり不愉快になったりするものだが、それは小さいときからTV情報の権威性をいうものを刷り込まれてきているからだと考えられる。ところが今の時代の若者は、元からTVに権威を認めるような精神性になっていないから、やらせがわかっても驚かないし、腹も立てないし、恐らくはTVとは端からそういうものだと思っているのである。これはバラエティーお笑い番組だけでなく、ニュースなどの報道にあってももちろん濃淡はあるであろうが、基本的には同一次元の情報として皮膚感覚的に受け止められているような気がする。私の息子も高校1年生であるが、TVを見ていたのは小学生ぐらいまでで、中学生以降はほとんど見ていないようだ。あまりに見なさ過ぎるのもどうかと思うので、私はニュースぐらいは見ろと言っているのであるが、どうも元妻から聞くところでは、一日中スマホばかりいじっているようである。親の立場から言えば、スマホばかりというのもどうかと思うのだが、まあ今の日本がそういう風になってしまっているのだから仕方ないようにも思える。ともかくも今のスマホ漬けの若者世代も問題は少なくはないであろうが、昔日の優先性が高くて、権威のある情報媒体としてのTVに回帰することは、時代への逆行でありあり得ないことであるように感じられる。そして、それでよいのではなかろうかとも私は考える。朝から晩まで芸能スキャンダルであるとか、お笑いやバラエティーや下らない低俗番組を流し続けることは、電力の無駄遣いであり、そういう情報に浸かり切っている日本人は全体として馬鹿になる一方である。繰り返すが、日本は大人が馬鹿なのである。TVに頻繁に出ているようなコメンテーターなども、聞くに堪えないような程度のものが多くて、日本人全体の精神レベルが貶められているように感じることも多い。相乗効果で作り手も視聴者も共に馬鹿になっていくのだ。素晴らしき陰謀である。若者世代はスマホに逃避しているようにも見えるが、一面的には本能的に正しい反応を示しているのであろう。今日的なTVの地位の失墜は、戦後の民主主義の嘘が徐々に通用しなくなってきていることの証である。TVのやらせや演出は、そういう日本的な嘘の象徴のようなものであって、結局、日本においてはバラエティーやお笑いや政治の境界と言うものは何も存在しないということなのだと言える。自民党が擁立する候補者などを見ていてもそういうことがよくわかるではないか。