龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

『熔ける』を読んで

大王製紙前会長、井川意高氏の『熔ける』(幻冬舎文庫)を読んだ。カジノでの使用目的のために計106億8000万円もの金を、子会社7社から借り入れて熔かせてしまい、特別背任の罪で逮捕、起訴され、懲役4年の実刑判決が確定し、2016年の12月14日に仮出所している。
ノンフィクションの実話であるだけに、興味深く読めた。読後感を一口で言うのであれば、まず井川氏が、反省、後悔の気持ちを持っていることは節々からそれなりに伝わってくるのであるが、全般的に同書を通して井川氏が訴えたかったであろうことは、井川氏が決してカジノに血道を上げていただけの人間ではなく、仕事も全身全霊で取り組んでいた、真面目で優秀なビジネスマンであったということのように私には読み取れたものである。まあその辺は自伝なのだから多少の自己アピールが含まれていても許されるのであろうし、読者の方が、ある程度は割り引いて読まなければならないのであろうが、どうなのだろうか。
「一体、何が私自身を狂わせてしまったのだろうか。大王製紙に入社してからというもの、私はビジネスマンとして仕事で手を抜いたことは一度もない。経営者の立場になってからも、仕事には常に全力投球してきた。」(203Pより)
しかし一方で井川氏が大王製紙の社長、会長であった当時、連日のように夜遅くまで六本木、西麻布を飲み歩き、女性芸能人などとも交流を持っていたことは、同書でも述べられているものである。またカジノに嵌まり出して以降は、金曜日の仕事を終えてからシンガポールマカオに飛んで、土曜、日曜の二日連続をぶっ通しの徹夜状態でカジノでプレイをしてから月曜日、早朝便の飛行機で日本に帰ってきて、会社に出社していたとのことである。井川氏が言う通りに、もしそれで仕事には常に全力投球で、手を抜いたことは一度もないのであればスーパーマンである。しかし私は、そんなスーパーマンはいないと思うのである。常識的に考えれば、少なくとも月曜の半分くらいは会社で寝ていたのではなかろうか。たとえ会社で寝ていなくとも、二日連続で徹夜をした後に仕事で全力投球できるようには、人間の身体はできていないと思われるのだが。だからそういうところで適当に、自分の過ちを仕事への熱意の美辞麗句で彩っているように思えてしまう個所に行き当たると、正直に言って白けてしまうのであった。私が同書を通して受けた感想で言えば、井川氏は頭脳が優秀であることは確かだと思われるが、人間としての本質は、経営者もしくはビジネスマンであるというよりも、「遊び人」だったと言えるような気がするのである。カジノでの失敗は、単にその遊びの度が過ぎたということだけであって、それ以外の理由は特にないのではなかろうか。このようなことを言えば、御当人は気を悪くされるであろうが、私が受けた正直な印象なのだから仕方ない。
それからもう一つ気になったことは、こういうことを指摘するのも本当は気が引けるのであるが、井川氏は罰が当たったと思うのである。どういうことかと言えば、井川氏が同書でリストアップした大王製紙子会社7社からの借り入れ履歴を見ると、2010年5月12日にダイオーペーパーコンバーティングからの5億5000万円を皮切りに、2011年9月7日に社内メールの内部告発によって子会社からの資金調達が明るみになった前日の9月6日のエリエールテクセルからの1億5000万円、及び富士ペーパーサプライからの1億円まで、計26回で合計金額106億8000万円である。勘の良い人はこれ以上言わなくてもおわかりであろうが、井川氏は2011年3月11日の東日本大震災以降もカジノをやり続けていたものである。リストによれば震災が発生した2011年3月11日にはエリエールペーパーテックから2億円借り入れしていてそれ以降の半年間で計17回、合計金額で65億8000万円である。そのこと自体は法的には問題になるものではないが、道義的にはどうなのかということである。震災でたくさんの人間が亡くなっていて、何とか生き残った人も家族や家、財産を失って、体育館や避難所で風呂にも入れないような生活をしている時に、日本を代表するような上場企業のトップがカジノで遊び呆けて65億円もの金を熔かせているようでは、それは罰も当たるであろう。自分を美化するようなことは言いたくないが、私であればいくら自由になる金があったとしても、とてもそのような気分にはなれないと思う。まあ既にカジノに深く嵌り込んでいたゆえに、罹災者の苦しみ、悲しみを考える余裕はなかったということなのかも知れないが、同書においてそのことについて全く言及がなされていないのもどうかとは思うのである。そもそも井川氏は元々の性格なのか、妙に楽天的というかそれほど深く落ち込まないタイプのように想像される。3年2か月の刑務所生活においても食事がまずかったこと以外はすぐに環境に適応して、それほどストレスを感じなかったとも述べられているし、出所後の生活においても、漫然と生きていっても食うに困ることはないであろうし、まだ自分は若いのだから新しいビジネスにチャレンジしたいというようなことも言っている。それはまあ悪いことではなかろうが、井川氏の事件において井川氏本人は当然のことであるが、何の罪もない井川氏の父親や弟までが大王製紙の役員から追放されているものである。そのことについて井川氏は申し訳ないと言う気持ちを持っているであろうことは文中からも窺えるのであるが、深く懊悩したり、そのことで憔悴する程でもないんだな。とは言っても何も井川氏が悪人だなどと言いたい訳ではないが、そういうタイプの人は割と身の回りにも多く存在するものである。天然系とでもいうのか。傍から見ると淡々として何を考えているのかわからないのである。今回のことも井川氏本人よりも、周りの家族の方が精神的な打撃が大きかったのではなかろうかと私は想像する。そういう意味では今回の事件が井川氏の妻や子供たちに与えた影響について同書で全く触れられていなかったことも気にはなった。厳しい見方かも知れないが、やはり井川氏は性格的に自己中心的な傾向性が高くて、そういうところがカジノにのめり込む最大の要因であったのではないかと私には見受けられた。またそれがギャンブル依存症の典型的な特徴であるのかも知れない。