龍のひげ’s blog

子供たちの未来のために日本を変革する

陰謀論の社会学

そもそも陰謀論とは何なのか。陰謀の核心についてよりも「陰謀論」の社会学的考察について私見を述べたい。陰謀論というものが的確に評価、認識できなければ、陰謀についても永遠に藪の中であろうからだ。先ず陰謀論という言葉の語感から感じられる印象について評価してみたい。皆さん、どうですか。どのようなイメージで感じられますか。大体においてはいわゆるトンデモ論とでも言うのか、正統的な考え方、定説に反する論説の空想、妄想、娯楽のような扱いでカテゴライズされている分野である。たとえばUFOとかオカルト、超能力、UMAなどがあってその同じ並びで陰謀論も付け加えられているものである。よって陰謀論を信じている人は、UFOとかオカルトも同様に肯定する思考回路の持ち主であると看做されることが多い。もっと言えばそのようなトンデモ本を愛好し、影響されているような現実逃避型の大人に成りきれていない未熟な精神とでも言うのか、とにかくそのような根拠のない噂や似非科学を信じやすい頭の軽い人であるとして、軽蔑とまではいかなくとも侮蔑の眼で見られることとなる。よって陰謀論を肯定するような発言を公然と行えば、社会的に排除、阻害されるのと同じことだから誰もが「大人のマナー」としてそういう話題に触れることを慎む。話題にされることがあっても、唾棄すべき対象として引き合いに出されるケースがほとんどである。つまり総じて言えば、陰謀論の社会的地位が低いのである。これは日本社会の特質を現しているもとの思われ興味深い。比較で見れば、例えば欧米社会であっても陰謀論を標榜することが憚られることは日本と同様であると想像される。オーソライズされた常識を中軸として様々な議論が為されることが、大人社会の暗黙の了解事項でありルールであることは世界共通であろう。しかし思うに欧米社会では陰謀論に対して軽蔑や侮蔑の態度が取られることはないものと想像される。それは日本に住んでいる外国人と話しをしていても何となく分かることである。侮蔑ではなくて、一般人が軽々しく口にしてはならない軍事機密として憚られているという雰囲気がある。トンデモ話しとして鼻で笑わられる日本の反応とは明らかにニュアンスが異なっているものである。しかし鼻で笑っていても、その当人がそれだけの見識や洞察力を兼ね備えているかどうかは別の問題である。単に世間一般の共有認識、常識に寄り添っているだけの場合がほとんどである。もちろん陰謀論者も、真に自分の頭で考えないでそういう類の本に影響されているに過ぎない人がほとんどであるのだから、まあ言わばどっちもどっちなのである。さてこれらの「日本的な陰謀論」を社会学的に解剖するとどういうことになるのであろうか、ということである。
因みに私はオカルトや超能力はともかくとしてUFOやUMAの存在は信じている。馬鹿にしたければ馬鹿にしていただいて結構だが、真正の吸血鬼も日本にはいないがアメリカ大陸やヨーロッパ辺りには若干数が生存していると考えている。人魚や河童も滅んでいなければ存在するであろう。「進撃の巨人」ではないが太古の昔には巨人も存在したのであろう。いろんなものがいるのである、この地球には。しかしUFOとか宇宙人、地底人、UMAなどは自活というか自立して勝手に生きておられるのであろうし、我々人間、特に日本人の生活や生命に直接的にはほとんど関係ないことなので、どうでも良いと言えば言い過ぎだが、論ずるには及ばないことである。少なくとも私的にはであるが。ところが陰謀論は違う。正に日本人全体の生命そのものが大いなる危機に瀕していたり、あるいは既に甚大なる被害を被っているということであって、当然のことではあるが、決して看過できることではないものである。それでどうしてUFOとかUMAなどのどうでもいい話題と陰謀論における日本人の生死に関わる疑いが同じ分野にカテゴライズされているのか。私に言わせれば正にそれが陰謀なのである。皆さん、ここは非常に重要な点なのでよく考えていただきたいのですが、資本主義社会の機序というものが、表現の自由や政治の愚民化政策などと微妙に絡み合って、陰謀論というものをUFO情報などと同列に位置付けることで、トンデモ論の範疇として巧妙にコントロールされているのである。つまり社会学的には陰謀論は、表現の自由と陰謀の核心的な政治問題化を妨げる調節弁として機能しているということである。これが日本の情報操作であり、統治手法なのである。誰かに陰謀論を商業主義的に自由に語らせることによって、陰謀論の信憑性というものを人為的に低位で留められているということである。ところがこれがいわゆるトンデモ本の類によるものではなくて、新聞とかTV報道となると全く話は変わってくる。なぜなら新聞とかTV報道などは、ある意味では国民を洗脳するための道具であって、それゆえに日本人の新聞やTVニュースに対する信用度が極めて高いことから、そのような媒体で陰謀論を論ずることはかなりの危険を伴いタブーとなっていると見れる。恐らくは新聞やTVは、ある分野の情報については外部から強固な言論統制がなされているものと想像される。そしてその辺の事情、状況を我々一般国民が行間を読むように紙面や映像から看取することが出来るかどうかということが陰謀論を読み解く鍵なのである。よって洞察力のある人間にとっては、日本のマスコミが言論統制を受けているゆえに、その隠されているものが反対に浮き上がって見えて来ることとなる。特に強い言論統制を受けているのは、これまた当然のことであろうが、NHKであると考えられる。それだけ日本人のNHKに対する信用度合いが高いからである。名前は出さないがNHKのあるニュースキャスターなどは、前々から薄々感じていたことであるが、画面を通して目を見ていると悪魔に魂を売ったような気配が感じられて、思わず私は身震いするように目を逸らしてしまうのである。もちろん私の先入観や思い込みもあるであろうが、それだけではないようにも思うのだが。ともかくもNHKに限らずマスコミ(特に大手)の人間は、悪魔に魂を売り渡すことによって高い報酬を得ているのだと私は内心、密かに考えているものである。皆さんの率直な感想はいかがであろうか。話しが危なくなってきたので、この辺で終わる。悪魔の視線らしきものが、どこからともなく感じられてきたので。