2007-01-01から1年間の記事一覧
さて、それでは“差異の意味”をテーマに日本社会における在日の人々を考察し、そこから“日本人”で あることの意義と生きかたについて私が考えるところを書き進めてゆきたい。個人的かつ卑近な例からの 一考察である。たいへん長くなるがお許しいただきたい。…
私にとって“書く”という行為は“祈り”に似ている。その効用なり意義について十二分に認めているつ もりであるが、それでも時に馬鹿らしく感じられる。もっと実用的なことにエネルギーを注いだ方が正解 ではないかと考えると途端に面倒くさくなってくる。そし…
我々は“生の意味”ではなく“生の質”を問わなければならない。今、TVで霊能力者が誰かの前世を見 て教訓を与えるという番組が流行っているようだ。私も何度か見たことがあるが結局、前世を持ち出して まで自分の人生をストーリー化させなければならないほど…
それで前回の続きであるが、大衆について考えるということは“差異の意味”について考えるということ である。私が日常生活において“差異の意味”を意識するのは“在日”の人々について考える時である。 それは私にとっての実存に関わっていることでもあるので私…
私にとって、“生きる”ということの困難さは“大衆”というものといかに付き合うかということであ る。といっても“大衆”の定義とは何ぞやと聞かれれば私自身よくわからない。未組織の大多数というこ とであるなら、おまえもまた“大衆”の一部じゃないかと言われ…
4月29日の日曜日、私と私の両親そして息子の4人でエキスポランドに遊びに行っていた。私が前にエ キスポランドに来たのは、もうはっきり記憶にないほど昔のことで何十年ぶりかである。昼前に到着し入 園チケット売場横辺りの傾斜地になっている木陰でビ…
ゴールデンウィーク期間中の5月3日に高野山に行ってきた。胎蔵界結縁灌頂に参加するためである。空 海がその昔、唐の長安にて恵果和尚から授けられた灌頂なるものを私も是非体験してみたいと以前から思 っていた。去年参加するつもりだったが、寝坊したり…
息子には週に2~3回、私の実家で勉強を教えている。先日、小学校で使っているらしい国語ノートを持 ってきた。私が選んだ教材でいつものように教え終わった後、息子はそのノートを開いてます目にひらが な文字を書き込み始めた。 「宿題か」と聞くと「うん…
前回書いた教育メソッドの問題は、教師の生徒に対する暴力を認めるか否かという討論番組に対して私が 感じる違和感と似ていることがおわかりいただけるであろうか。 2たす8はなんぼやと聞く教育は、教師の生徒に対する暴力を認める法案(規則)に賛成しま…
今年小学校に入学した息子に勉強を教えていると自分自身いろいろと考えさせられ、気付くことがある。 たとえば算数についてであるが通常の設問方式は2たす8は、なんぼやという式であって10と答えれば ピンポ-ン、正解ですとなる。そしてより早く答えら…
結局やな、私が言いたいのはこういうことである。 討論というのは社会全体が進むべきある一定の方向性が決まっている上で、その最善の具体策を模索する ことに意義があるのであって、方向性のないところに討論も何もないではないかということである。たと え…
それでというか前回からの続きであるが、私は前回討論番組が嫌いだと書いたが何故かと言えば結局のと ころ議論のための議論が嫌いなのである。見掛けとは裏腹に本気で変革に導いていこうという気持ちがな く、本当は心のどこかでは現状を維持したいと考えて…
先日、TVで学校の教育現場における暴力を認めるか、否かで賛成派と反対派に分かれて討論し最後に投 票を行なうという企画の番組をたまたま目にした。私は何故か討論番組が嫌いである。それで、つまらな いなと思いながらもだらだらと最後まで見てしまった…
今年の4月から小学校に入学する息子と一緒に先日デパートまでランドセルを買いに行った。ところでラ ンドセルって、いくらぐらいすると思う? せいぜい2万円ぐらいかな、と胸算用を立てていた私は馬鹿だった。さんざん迷った挙句、私が選んだの はランク的…
政治家は言葉を使って闘うことを生業とする職業である。よって言葉の使い方が不特定多数の人々に違和 感や不快感を与えるものであれば、時に糾弾を受けたり政治家としての資質を問われることは当然であ る。しかし基本的には国民が判断すべきものである。女…
痴漢冤罪についての映画である。『Shall we ダンス?』の周防正行監督が11年ぶりに“撮らないわ けにはいかない”と使命感を持って作った初めての映画だということである。 私はこの映画を見に行って、他の観客たちがどのような組み合わせで来ているのかとい…
庭のない都会暮らしのベランダで植物生活を楽しむ者を「ベランダー」と命名し、限られた狭い空間で苦 心しながら、自らの流儀で鉢植え植物たちに惜しみなく愛情を注ぎ込み続ける作者はどこかハードボイル ド的である。庭を持つ資本主義的ブルジョア階級の「…
いろいろと事情があって私は3年ほど前から妻子と別居している。しかし6歳の息子とはよく会ってい る。私が住んでいる実家で週に2回、仕事が終わってから息子に勉強を教えているのだ。キャンセルされ ることもあるが月に2回は土曜日に泊まりにくることに…